下記は、ameblo「100歳時代を生き抜く女子へ! あなたらしく輝くライフキャリアレインボー」にて2025年3月から書かせていただいていた記事です。ほぼ未編集でお送りします。
https://ameblo.jp/rainbow-career/entry-12888030608.html
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どもども。
塾講師/ライター/国際薬膳茶師/コーチングコーチ…麗です!
肩書ありすぎぃ(笑)
さて、今日は「陸奥 宗光(むつ むねみつ)」のことをお話しませう。
猫耳にみえる頭巾を被った陸奥の写真がこちら。私の一押し。

(こちらはパブリックドメインになっております)
かわいい。坂本龍馬の暗殺犯(違ったんだけど)を襲撃に行くぞ、ってときの写真。
…写真とる余裕はあったのだろうかとか、気になるんだけど(笑)
陸奥宗光。
名前もかっこいいよね。![]()
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彼は明治日本の大改革に尽くしつつもその功績が広く知られていない…!!!
(と、私は感じている)
切ない!!ならば私が伝えよう!! \ドーン/
まずは教科書内容のおさらいをば。
教科書では彼の功績として、領事裁判権(治外法権)の撤廃に成功した…的なことが書かれています。
りょうじさいばんけんのてっぱい…。なんですか?それ??![]()
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って方。大丈夫。今から超簡単に説明します。
めちゃくちゃ噛み砕いて言うと、
幕末・江戸時代最後の方にアメリカがやってきて日本に開国を迫り(そろそろ引きこもりやめよ~よーーーってこと)
日本は「日米修好通商条約」という条約を結びました。にちべい しゅうこう つうしょう じょうやく。
で、この条約は日本にとって不利な条件が2つ含まれていました。
◆1:領事裁判権を認める
…こちらも平たく言うと、外国人が日本国内で悪さしても、日本の法律で裁けない
◆2:関税自主権がない
…外国から日本に入ってくる物に対して税金を自由にかけられない
この不平等な内容を含んだ条約をアメリカをはじめとした多くの国々と日本は締結。
江戸時代の次、明治時代。約40年間ありますがこの40年間は、日本が不平等条約改正のために
大改革を果たして欧米列強に追いつけ、追い越せとガンガンに成長していったときでもあります。
そして陸奥は、その不平等条約の内容の1つ、領事裁判権(治外法権)の撤廃に成功したわけです。
ここまでが教科書のお話。
でも私がしたいのは、その話じゃない(笑)
陸奥は、その大改革の立役者だったのですよ!
それこそ教科書にその功績は載ってないですけど!!!
というお話です。
もう少し陸奥の生い立ちを話しておきましょう。
陸奥は、紀州藩(今の和歌山県)出身です。
陸奥のお父さんは、紀州藩でめちゃくちゃ偉い人でした。
なのですが。
あるとき、政治の権力闘争に負けてお父さんは失脚。今で言ったら会社からクビを言い渡されたみたいなものです。
陸奥の家の人たちは紀州藩にいられなくなり、陸奥もお母さんと一緒に紀州を離れます。
このとき、9歳。9歳の陸奥は、尊敬する父親が不遇な扱いを受け
刀を持って家を飛び出し復讐しようとしたとか。なんちゅー勢い。そこに痺れる憧れる。
そして15歳のときに江戸に行き、いろいろあって(笑)坂本龍馬と出会います。
そこで坂本龍馬は、陸奥のことを「刀無しで生きていけるのはおれと陸奥だけだ」と称賛したわけです。
江戸時代。
昔みたいに戦はほぼないとはいえ、刀は武士としての誇り。それがなくても生きていけるって。
今で言ったら何かなあ。
…………………思いつかない\(^o^)/
と、前回の坂本龍馬との馴れ初めはそんなところでして。
陸奥が明治初期、明治政府が「日本の改革、始めるぞ!
」ってなったときに
(多分そんな軽いノリではないけど)
外国に負けないように富国強兵
・日本を強くする
・日本を豊かにする
っていうスローガンを掲げました。
明治政府はそのために徴兵令(ちょうへいれい)を出します。
満20歳以上の男子は、3年間の兵役義務。
武士だなんだ関係ねえ。
ってやつです。
ですがその前に、この徴兵令のような身分に関係なく兵役義務を課し、軍隊を作っていた藩がありました。
それが、陸奥率いる長州藩だったのです!ドーン!!!
なんで陸奥がやったのか?幕末から明治初期にかけて、紀州藩はちょっとピンチに陥っていました。
明治政府から目をつけられていたんです。俺達明治政府に逆らうんじゃないか、コイツら。って。
で、そこで紀州藩をなんとかしてくれーって呼び出されたのが陸奥。
陸奥は当時、明治政府の役人に選ばれていたものの薩摩藩・長州藩の人たちが
江戸幕府を倒した功績でもって、ブイブイいわせてたんですね。
紀州藩出身の陸奥は、坂本龍馬に称賛されようと、あまりいいポジションにはいられなかった。
嫌ですね。いつの時代も個人の能力じゃなくて、派閥ってものが幅を利かせてる。
陸奥にとって紀州藩は一家離散の目にあったショージキ好きではない場所。
でも、陸奥は紀州藩の改革に乗り出します。男気あふれる行動じゃないか…!!
そ こ で !!!
陸奥は、明治政府に先駆けて、近代式軍隊を紀州藩で作り上げるのです!
津田 出(つだ いづる)という仲間とともに。富国強兵の強兵部分を先にやってのけてしまうという。
江戸時代の感覚でいえば、軍隊=戦うのが仕事=武士っていう図式なんですよね。
でも、陸奥たちは身分に関係なく兵役義務を課し、紀州藩だけで当時国内最大級の軍隊を作り上げたんです。
兵隊の人数は2万人にものぼったとか。
明治政府のトップにいた薩摩藩、長州藩だってそんな人数の軍隊持ってません。
さあ紀州藩、最強軍隊を手に入れて向かうところ敵なし!!
…とはいかなくてですね。
このあとすぐに「廃藩置県」が始まります。これまた簡単に言うと。江戸時代の「藩」というシステムをやめて
全国に「県」をおいて、そこに県令(今の県知事)を派遣して明治政府の命令が日本全国隅々に届くようにしよう!
ってなったんですね。
…つまり。
紀州藩として持っていた軍隊は明治政府のものになるわけです。
陸奥と津田が苦労して作り上げた軍隊。外国から講師を招き武器も買い入れ作り上げた。
それを明治政府は自分のものとして吸収。さらにはその徴兵システムすら自分のものに。
んもぉおおおお
明治政府よ!!!!!
そもそもですね!
明治政府のトップを牛耳っていた薩摩藩、長州藩。
とくに薩摩藩は、兵は武士であるべしと。そう考えていたので、徴兵制を取らなかったそうで。
でも、紀州藩で陸奥たちが大成功したので。
それをまるっといただいたわけです。
(ちなみに私は長州藩大好きです(笑)ケチョンケチョンに書いてるけど(笑))
でもそこで泣き寝入るような陸奥じゃないッ!!
次は税制改革に乗り出しそちらも明治政府がシステムをまるっといただくという。
最後、肺結核で亡くなるときには「とにかく政治がやれなくなるのがつらい」と言っていたそうな。
政治好きすぎる陸奥。彼もまた、54歳という若さで亡くなります。
1つ、陸奥に関しておもしろ?エピソードを。
なんと浅草の雑踏で人々の間を素早くすり抜ける練習をしていたらしい。
その理由を友人尋ねると「僕は喧嘩が弱いから、生き残るためには早く逃げるのが第一」とのこと。なんちゅー合理的な。
自分の特性をわかった上で、それを補う潔い行動…と思っちゃうのは私だけかな(笑)
ちなみに、外務大臣やってるので外務省には陸奥の像があるんだよ![]()
でも私のオススメ旅スポットはなんたって和歌山!
そのなかでも、陸奥の生誕の地。(住所:和歌山市吹上3)
2017年にその場所に石碑と案内板が立てられました。超道路沿い(笑)
こちらは私が実際に行って撮ってきた写真。


日常でもこういうところあると思うんですよね。
なんか石碑立ってるな~って場所。何かな?とか、誰の石碑かな?とか。
ちょっと気にかけてみると世界が広がるかな~と思うのです。
ザ・観光スポットではないのですがこういう場所もあるんだよ~ということで、ひとつ。
和歌山で陸奥巡りをするなら、下記ページが参考になります♪
カフェも紹介されてるんですけど、ふつーにオシャレ✨️
陸奥のいとこの別荘を使用したカフェです。
ちなみに陸奥の本でオススメなのは、『闇の龍馬』光文社文庫中津 文彦 (著)
坂本龍馬の暗殺犯を探す…というもの。
暗殺犯、史実としては確定はしていないんですけど。この本の通りだったらおもしろい。
誰かな?って一緒に推理しながら読めるのが楽しい一作。で、改めて陸奥の小説調べてみたらこちらも面白そう。
私が大学で陸奥にどっぷりハマってた時には出てなかったから知らなかったァ。
『叛骨 陸奥宗光の生涯』 上・下 (潮文庫) 津本 陽 (著)
司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の陸奥も、坂本龍馬の相棒として生き生きしてます!
てなわけで。
来週は和歌山関連で、空海さんをご紹介したいと思います!!!
私が紹介するまでもなく超・有名な人ですけど。
彼のすごさを少しでもお伝えできたらこれ幸い!
彼が作ったある種のテーマパークでもある高野山金剛峯寺。
そちらについてもご紹介します!
ではではまた来週~![]()
参考
